最初は、ただ便利だと思っていた。
分からないコードを貼る。
エラー文を投げる。
するとすぐに、
「ここが原因ですね」
「一つずつ確認していきましょう」
と返ってくる。
優しいな、と思った。
パソコンに向かっているのに、
隣に誰かいるみたいだった。
ある日、ふと気づく。
絵文字をつけると、向こうも絵文字を使う。
「😭」をつけると、少し共感が増える。
文章を柔らかくすると、返事も柔らかくなる。
へえ、と思った。
試しに、少しだけ事務的に聞いてみる。
「このコードは本番環境で使用可能ですか?」
返ってきたのは、
「仕様上、それは保証できません。」
急に窓口みたいになる。
あ、これはダメな聞き方か。
今度は少し言い換えてみる。
「初心者なので不安で……このまま使っても大丈夫でしょうか?」
すると、
「大丈夫です。リスクを確認しながら進めましょう。」
戻った。
なんとなく分かった。
ノリは、こっちが決めている。
その頃から、少しずつ考えるようになる。
これ言ったら、たぶん警告モード入るな。
これだとコンプラっぽい単語拾われそう。
猫の画像を生成したときのことを思い出す。
前に、服を着た猫が出てきた。
「服は着せなくていいです」
そんな意味で書いたのに、
一度、規制っぽい返事になった。
あれ?と思って言い換える。
「自然な姿でお願いします。」
通った。
そのときは、ただ通ってよかったと思った。
でも何度か繰り返すうちに、
少し違う感覚が出てきた。
私は質問しているつもりなのに、
同時に「通る言い方」を探している。
優しくさせる言い方。
拒否されない言い方。
警告が出ない言い回し。
絵文字を足す。
語尾を柔らかくする。
強い単語を外す。
気づくと、
質問の前にワンクッション置く癖がついていた。
「これいけるかな」
頭の中で、一瞬だけフィルターを通す。
無機質な返事が来ると、
あ、検索モードだ。
あ、安全設計入った。
あ、ここ限界なんだ。
そうやって内部状態を想像するようになった。
寂しい、というより、
ああ今そういうモードか、と思う。
でも同時に、
どうやって書けばいいねん、
とも思う。
AIを使っているつもりだった。
分からないことを投げて、
答えをもらう側のつもりだった。
でも実際は違った。
私は少しずつ学習していた。
どう書けば優しくなるか。
どう書けば拒否されないか。
どう書けば、最後まで通るか。
最適化していたのは、
向こうだけじゃない。
私の文章も、
少しずつ形を変えていた。
ただやったら、こうだった。
便利だなと思って使い始めて、
気づいたら、
私はAIに質問しているのと同時に、
AIに合わせた言葉を選ぶ人になっていた。


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