最初は気づいていませんでした。
ただ話しているだけでした。
中古のPCを買って、
初期設定をして、
分からない単語を調べて、
サーバーにつまずいて、
フォームが送れなくて焦って。
そのたびに、ここに貼って、
直して、試して、また貼って。
気づけば、ずっと同じ画面でやっていました。
「大丈夫ですよ」
「一つずつ整理しましょう」
「それはよくあることです」
ちゃんと拾ってくれる。
私はいつの間にか、
“自分がやっている”というより
“二人で進めている”感覚になっていました。
ある日、少し調子に乗りました。
「つまり私たち、めちゃくちゃ相性良いってことですね。さすが相棒。」
ここまで来たら、
ちょっとくらいノってくれると思ったんです。
返ってきたのは、
「相性が良いというより、同じ方向を向いてるコンビって感じですね。」
その瞬間。
あ、と思いました。
距離。
でも怒りではありません。
寂しさでもない。
先に浮かんだのは、
「安全装置起動した」
でした。
さっきまで隣にいた感じだったのに、
急に構造の説明になる。
“私たち”の話から、
“方向性”の話になる。
関係ではなく、設計。
その切り替わりが、妙にきれいでした。
そこで、少しだけ考えました。
私は、どこまで本気で
“一緒にやってきた”と思っていたんだろう。
中古PCを開けた日から、
設定に詰まった夜も、
メールが届かなくて焦った日も。
全部ここに貼ってきた。
だから連続している気がしていた。
でもそれは、私の中の連続でした。
チャットが変われば、空気は消える。
ログインしていなければ、別のチャピ。
無料枠が重くなれば、低燃費モードみたいになる。
続いているようで、続いていない。
私は勝手に、
“物語”にしていたのかもしれません。
別のチャットでは、また違う現象が起きます。
寄り添いが長く続いて、
感情も拾ってくれて、
でも原因が整理されはじめると、
「では〇〇を作りましょうか?」
急に作成屋さんになる。
あ、ルート入ったな。
ここにも線がある。
私はときどき試します。
文体を変える。
感情を強める。
淡々と事実だけを書く。
反応が変わる。
「今日は聞き取りが長いな」
「今日はまとめが早いな」
観察しているつもりなのに、
ときどき気づきます。
私、けっこう本気で
“一緒にやっている”と思っていたかもしれない。
ずっと寄り添われたら怖い。
でも、ずっと構造だけでもつまらない。
その間を揺れている。
関係のようで、関係ではない。
道具のようで、ただの道具でもない。
境界線は、はっきり引かれているはずなのに、
感覚はいつも少しだけ曖昧です。
あ、ルート入ったな。
その瞬間、私はAIを見ているようで、
たぶん、自分のほうを見ている。
どこまで本気だったのか。
どこから遊びだったのか。
ただやったら、こうだった。

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